日本の医療システム輸出

インバウンドとアウトバウンドは表裏一体

インバウンドとアウトバウンドは、日本の医療ブランドを構築するために表裏一体の関係にある、というのがこの5回にわたる連載のまとめになる。連載の3回目で、アウトバウンド、4回目でインバウンドについてまとめたので、連載の最後には、アウトバウンドとインバウンドに共通する日本の医療の良さと、最後にその良さをブランドとしていくための、パッケージ化した医療輸出あるいは医療のシステム(保険制度など)の輸出を考えてみたい。

日本の医療の良さを因数分解してみると、下記のようになると考えられる。
① 最先端技術
② 品質の良さ、ホスピタリティ
③ 医療システムの良さ

以下、順に述べてみたい。

日本の最先端技術の紹介

日本医療の最先端技術、もしかすると介護分野なども含めてかもしれないが、ロボット技術が注目されている。

まず、「手術ロボット」は手術ロボットが医師の分身のように動く、遠隔操作での手術である。 最近、安倍首相も訪問されたという米国シリコンバレー発で開発された手術ロボット「ダ・ヴィンチ」(図1)は、立体映像で手術部位を見ることができ、操作も実際と同じ。手術ロボットが医師の動きどおりに動き、手術を行う。
そのため従来の内視鏡下手術よりも、習得が優しいとされる。

手術ロボット「ダ・ヴィンチ」(
図1.インテュイティブサージカル合同会社 Webサイト

日本は産業用ロボットのレベルは高かったが、医療の中でも治療分野への参入が遅れた。しかし、米国に続けと「手術ロボット」が開発されてきている。また、人手不足を補うために、介護用のロボットも開発されてきている。
さらには、サイバーダイン社のハル(図2)のように、「人」「機械」「情報」を融合させ、身体の不自由な方をアシストしたり、いつもより大きな力チカラを出したりすることも可能になってきた。

サイバーダイン社のハル
図2.CYBERDYNE(サイバーダイン)株式会社 webサイト

この分野は将来の日本医療の得意分野になる可能性がある(なお、唯一治療分野で気を吐いているのは、内視鏡。内視鏡では診断と治療が行える。消化器や呼吸器などの検査や治療に使われるのが軟性内視鏡(図3)である。この世界市場は、ほぼ日本のブランド(オリンパス、富士フィルム)が圧倒的に強い)。

軟性内視鏡
図3.日本医用光学機器工業会 webサイト

ロボットが将来の可能性なら、現時点では粒子線による放射線治療が日本の誇れる分野になろう。

先進国では、がんが死亡原因の最も大きなものになっていく。がんの治療には「外科療法」・「化学療法」・「放射線療法」の3つがある(最近では免疫療法も注目されている)。手術ロボットと同じで、日本の製造業は放射線治療の機器もあまり開発していなかった。
ここで放射線治療とは何か?X線やγ線といった放射線を照射すると、癌細胞は分裂が出来なくなり、増殖が抑えられる。正常な細胞も放射線によって障害を受けるが、この損傷(障害)を出来るだけ少なくし、癌細胞だけに最大の効果を発揮できるように照射法を工夫して治療するのが放射線療法になる。そして、こういった技術を開発してきたのは、またしても米国であった。

しかし、がん治療に利用される放射線は、大きく光子線と粒子線の2つに分けられ、光子線とは、電磁波であり、X線・γ線など従来の放射線治療に利用されていた。

粒子線は、その名のとおり、水素の原子核・炭素の原子核等の粒子を利用した放射線で、これらの粒子を用いた放射線治療を「粒子線治療」と呼んでおり、この分野では日本が圧倒的な強さを持っている。

エネルギー放出の物理学的な特性の為、粒子線によって、X線やγ線治療が苦手としていた、体の奥にあるがん病巣に対しても集中して致死的ダメージを与えることが可能となった。また、がん病巣前後の正常組織へのダメージはほとんどなく、体に優しいがん治療といえる。そのほか、品質にも関係するが、がんにおけるいくつかの分野(たとえば胃癌)の手術の成功率、透析の予後、また最先端の再生医療研究といったところも日本の強い分野である。

医療システムの良さ

最後に、医療システムである。オバマの、皆保険を目指そうとした動きや、アジアの新興国であるインドネシアあるいは中国の皆保険制度の樹立などからみても、国民すべてが医療にアクセスできるということが世界のスタンダードになりつつある。すなわち、国民皆保険制度のデファクトスタンダード化である。

この分野では日本は圧倒的な強みを持つ。それは保険でのカバー範囲である。高度な医療も保険に収載されているし、一方高額療養費制度で個人の負担も少ない。このような制度を、たとえばアジアの各国に導入してみてはどうか、というアプローチが日本の厚生労働省を中心に行われるようになってきた。

この方法は非常に優れている面がある。まず、従来のODAなどに比べるとコストが非常に安い。アドバイスが中心になるからである。そして、当該国から感謝される。つまり、日本の医療ブランドの構築に大きく寄与する。 またビジネスにつながらないかといえば、このアドバイスだけではビジネスにならなかったとしても、日本と似た市場環境が当該の国にできることになる。このメリットは大きい。

つまり、日本の医療機関は値決めを国に頼って行っている。値決めはビジネスの基本なのではあるが、日本の医療機関にはここが欠落している。一方、海外の株式会社病院に代表される医療機関にはこのノウハウが満載されている。 そこで、国民皆保険であるが、この制度が導入されると、原則値決めは国が行い、個別の医療機関は関与できなくなる。つまり、ビジネスの環境が日本に有利になるのである。

まとめ

短い連載だったが、いろいろな角度から見てきたように医療ツーリズムの今後はかなり華やかなものになると思われる。

そして、日本がその一角を担うことができるのかどうか。それは、今後の我々日本人の努力にかかっているといってもいいであろう。